ジャーナル・ブランカ

自分の視点や興味で書いているブログです。ワードプレスからこちらに引っ越しました。

クアラルンプールのバングラデシュ・コミュニティー Part1 トゥン・タン・シウ・シン通りとお菓子のカジャ

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北インド発祥のお菓子カジャ

カジャ(KHAJA)はインド発祥のお菓子の1つです。小麦粉を練った生地をパイ状に重ねて、油で揚げたもの。揚げた後、甘いシロップに浸す場合もあります。

 

ウィキペディアを参照すると

Khaja - Wikipedia

かなり昔から作られていた伝統的なお菓子で、インド北部の中でネパールと国境を接する、ウッタル・プラデーシュ州やビハール州辺りが、カジャの発祥地だと言われています。

この地域以外には、オリッサ州、アーンドラ・プラデーシュ州、グジャラート州のカッチ地方などで食べられています。

また、インド以外ではネパールの南部のインドとの国境地帯、ビールガンジやタライ平原などでよく食べられています。

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また、動画サイトを見ると、バングラデシュ人がカジャを作るビデオが複数あり、バングラデシュでも食べられていることが分かります。

 

バングラデシュ人街「トゥン・タン・シウ・シン通り」

日本では、なぜかこのカジャというお菓子を目にしたことはありません。

僕が見かけたのは、クアラルンプールのバングラデシュ料理店です。店があるのは、クアラルンプールのバングラデシュ人街「トゥン・タン・シウ・シン通り(別名シラン通り)」。

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この通りは、90年代はバックパッカーが集まる安宿街でした。当時からミャンマーティーハウスなどはありましたが、徐々に外国人労働者の街に変化し、バングラデシュ・ネパール・ミャンマー関係の店が多く集まり、非常に混沌とした場所です。

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このコミュニティーは、2000年~10年代前半がピークで、現在は縮小傾向にあるように感じられます。

 

エスニック料理好きの人たちの間では、この通りは有名です。

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この周辺だけで、バングラデシュ・ネパール・ミャンマーの3カ国の本格的な料理が、しかも格安で食べることが出来る場所だからです。

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その中の1件に入ってみましょう。1階(日本でいう2階)のお店です。

 

バングラデシュ料理店でカフェ・タイム

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バングラデシュ料理店の店内に置かれているバングラ菓子。右のお皿に乗っているのは、ジャレービー、左はカジャ。

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その他にも様々なお菓子が並んでいます。お酒を飲まないムスリムの方達は、甘いものに走る傾向が多々あります。

お菓子以外にも、もちろんバングラデシュ料理が充実しています。

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上には生野菜やボッタ類、炒め物が並び、その下には、金属のバットに入ったカレー類が並んでいます。客は好みのものを選んで食べることが出来ます。

僕は、カフェタイムを楽しみたかったので、ミルクの入っていない紅茶とカジャを注文しました。

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カジャは薄く伸ばした小麦粉の生地を揚げてあるので、パリパリとした少し硬い食感。表面には浸したシロップが固まっているので、少し甘いです。見た目通りの味で、バングラデシュのお菓子の中では、軽い味でしょう。

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このトゥン・タン・シウ・シン通りを歩き回ると、非常に疲れるので、ちょうどいい休憩になりました。お店の方達と、たわいもない世間話が楽しい。

 

このエリアの街歩きは、疲れるが楽しい

この通りには、特にグランドフロアに、バングラデシュのお菓子を扱う店が多く集まっています。

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店内でバングラ菓子を食べるだけでなく、通りを歩くだけで、そのお菓子を作る様子を間近に見ることができました。

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どんな料理やお菓子もそうですが、制作過程を見るのは本当に楽しいです。

マレーシアに来て外国人街をうろつく、観光としてはとてもマニアックですが、街歩きや食べ歩きが好きな人にとっては、きっと楽しめるはずです。

 

この記事は、新型コロナ・ウイルスのパンデミックが始まる少し前、2020年1月と2018年のレポートです。マレーシアの外食産業は、コロナ禍によって大変なダメージを受けました。現在のこれらのお店の営業状況など詳しい状況は把握できていません。ご了承ください。

 

クアラルンプールのチャイナタウンで、唯一昔の風情が残る市場『李霖泰菜市場』

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非マレーシア華人ばかりが目につくチャイナタウン

クアラルンプールの繁華街「プタリン通り(Petaling Street)」を中心とするエリアがチャイナタウンです。

この辺りは特に観光地化が進んで、旅行者向けのお土産屋や飲食店ばかりが目につく通りです。人通りが多くて歩き難く、うるさい・・・行くととても疲れるので、僕にとっては、あまり足が向かない場所でした。

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クアラルンプールの地元の人たちは「街に来る人たちも、働いている人たちも外国人ばかりで、もはやチャイナタウンじゃないよ」などと自虐的にこの街のことを語ります。

 

唯一観光地化していない地元の市場

このチャイナタウンの中にあって、唯一昔からのチャイナタウンらしさを誇っている一角があるのです。

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それが、李霖泰菜市場という生鮮食料品市場で、Jalan Petaling とJalan Tun H S Lee に挟まれた場所にあります。

チャイナタウンが混み合う前の朝一、市場の中だけは、食材を買い求める地元の人たちで賑わっていました。

クアラルンプールのチャイナタウンは古くは、広東人や客家人が住み、働いてきた街でした。

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この市場で聞こえてくるのは広東語。あちこちで鶏や豚肉をさばいている市場の商売人。濡れた道。まるで香港映画の一場面のようです。

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李霖泰菜市場の中は、昔からのKLのチャイナタウンの姿を留めている貴重な場所。

特に、僕が訪れた日はチャイニーズ・ニューイヤー前の買い出しで、いつにも増して市場が賑わっている様子を見ることが出来ました。

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プタリン通りの李霖泰菜市場入り口付近で、ローストした肉を売っている屋台。

やはり、広東語を話す3人の女性たちが販売していました。

正月を前に華人からの注文が集中。

事前に客から好きな肉・部位のオーダーを受け、取り置きして販売するシステム。

この市場を訪ねるなら、活気のある早朝がおすすめです。

 

この記事は、新型コロナ・ウイルスのパンデミックが始まる少し前、2020年1月と2018年のレポートです。マレーシアの外食産業は、コロナ禍によって大変なダメージを受けました。現在のこれらのお店の営業状況など詳しい状況は把握できていません。ご了承ください。

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李霖泰菜市場

住所:170, Jalan Tun H S Lee, City Centre, Kuala Lumpur

 

インドネシアの最西端、『アチェ州の料理』は、マレーシアのクアラルンプールで食べることができる

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隣国インドネシアの西端アチェ

2020年、僕はクアラルンプールでアチェ料理を探して食べてみました。

インドネシアアチェ州という州があります。アチェは、マレー半島の西隣りであるスマトラ島の北端に位置しています。州が属するインドネシアの首都、ジャカルタより、隣国マレーシアの首都クアラルンプールの方がはるかに近い場所です。

そのため、クアラルンプールには大きなアチェ州出身者のコミュニティがあると言われています。

 

宗教警察・むち打ち・内戦・地震津波・コーヒー・ガンジャ

クアラルンプールのコミュニティに触れる前に、まずアチェ州について少し触れたいと思います。アチェインドネシアの中で、とても特殊な場所といっていいでしょう。

アチェ州が位置するスマトラ島最北部は、インド洋を隔ててアラブやインドに近いという地理的な要因のため、インドネシアの中で、最も早くイスラームが伝わりました。その為、現在でもイスラム信仰がインドネシアの中でも特に盛んで、人々は保守的です。

州内には宗教警察がいて、シャリアというイスラーム法で人が裁かれます。

特に結婚していない男女関係については厳しく、違反者に対して、公開むち打ち刑が行われます。

 

2000年代まで、インドネシアからの独立運動が盛んで、政府軍との間で内戦状態が続きました。

また、2004年、スマトラ沖大地震で、地震津波による甚大な被害を受けました。

 

アチェはコーヒーの産地として有名です。日本でも、アチェ産のコーヒーはコピ・アチェという名前で流通・販売されています。

また、インドネシアに詳しい人たちの間では、アチェといえばガンジャマリファナ)が入ったスープ料理が話題になります。(僕は実際に食べたことがあるという人には、未だ会ったことはありませんが・・・)

 

アチェ人のコミュニティーはチョーキット 地区にある

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2018年、僕は偶然にアチェ人とお喋りする機会がありました。彼は、KLの雑貨店で働いていました。

彼の話では、チョーキット地区にアチェ料理を出す店があるとのこと。

日本では、食べる機会がほとんど無いアチェの料理、ぜひ食べてみたい。

ということで、2020年マレーシアに行った際に探してみることにしました。

 

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チョーキット市場周辺は、インドネシアからの移民が多い地区。特にマレー半島の西隣である、スマトラ島出身者が多いのです。上の写真はチョーキットにあるメダン料理の店。

 

市場周辺で聞き込みをしてみました。どうやら、市場の南側にアチェの店が多いらしい。

1軒のアチェ料理店を見つけたので入ってみました。

 

アチェ料理を出すRESTORAN MEUTUWAH

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日本では見かけないインドネシアアチェ州料理の店です。店の外見は、よくあるマレー料理の店と区別がつきません。

アチェ料理」をアピールしているわけでは無いので、見つけるためには聞き込みが必須です。

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この店には、壁に貼られたメニューから注文する料理と、小皿に入った作り置きの料理があります。

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店内のショーケースには作り置きのおかず類が並んでいます。

 

今回、僕は作り置きの料理3品とご飯を選んでみました。

エビの料理が2品と牛肉が1品。

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上:ウダン・チョチョ: エビカレー

左:ウダン・トゥミス: エビ、テンペ、グリーンチリの炒め物

右:ダギン・デンデン: 牛肉のジャーキーのような料理

 

どの料理もかなりスパイシーで美味しい。同じスマトラ島のパダン料理と似ている印象です。

個人的には、ウダン・チョチョが最も気に入りました。

エビは殻のまま調理されているので、剥いてから食べなくてはいけません。

 

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観光客のことを全く意識していない料理です。僕はこういったタイプの料理をいつも旅の中で求めています。

 

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店内で話したアチェの人たちは、とてもフレンドリーな人たちでした。特にこの写真の女性は、料理の名前など親切に教えてくれました。

 

日本で見かけるアチェ料理「ミー・アチェ

最も有名なアチェ料理は、ミー・アチェという麺料理でしょう。

アチェだけではなく、インドネシアのいたる所、マレーシア、シンガポール、オーストラリアなどでも食べることができます。

日本のウドンに似た麺に、カレー味のスパイシーなスープをかけた料理です。具材として、マトンやビーフ、エビや魚などのシーフードが使われます。

炒めるバリエーションもあります。

インドネシア版のカレーうどんといった趣です。

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つくばファスでインドネシア人留学生たちが売っていたミー・アチェ。残念ながら売り切れでした。

どれほど現地の味に忠実かは定かでありませんが、日本の各国フェスティバルの際にも、ミーアチェが屋台で出されることがあります。もし興味があれば、こうしたイベントの際、注意深く探してみてください。

 

この記事は、新型コロナ・ウイルスのパンデミックが始まる少し前、2020年1月と2018年のレポートです。マレーシアの外食産業は、コロナ禍によって大変なダメージを受けました。現在のこれらのお店の営業状況など詳しい状況は把握できていません。ご了承ください。

 

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RESTORAN MEUTUWAH

住所:25, Jalan Raja Alang, Chow Kit, Kuala Lumpur

営業:07:30~22:30

クアラルンプールで食べるカザフスタン料理

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アラブ人が多い場所にあるカザフスタン料理店ASTANA

マレーシアの首都クアラルンプールで、中央アジアの人たちを見かけることはほとんどありません。でもなんとなく気になって、2020年、マレーシアへ向かう前に、中央アジアのレストラン情報をネットで調べてみました。その結果、ヒットしたのはウズベキスタンカザフスタンのそれぞれ1軒ずつ。

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その中からASTANA(アスタナ)という名前のカザフスタンのお店に行ってみることにしました。

このレストランは、市内鉄道LRTのBukit Jalil (ブキッ・ジャリル)駅の近くにありました。

店は、Endah Promenadeという商業複合施設の2階に入っています。

ブログの以前の記事に書きましたが、このビルにはアラブ関係の店が多く入っていて、とても興味深い場所です。

道に面した入り口から建物の中に入り、エスカレーターで上階へ上がり、右に曲がり直進。ASTANAはビルの奥まった場所にあって、見つけるのに少し手間取りました。

 

カザフスタン料理とロシア料理が並ぶ

店内は清潔感があり落ち着いていて、高級な感じです。

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メニューは、カザフ料理とロシア料理の両方のラインナップ。

僕と連れが注文したのは、馬肉をのせたプロフ、ショルパ、マンティ。それに加えて、飲み物のチョイスはカンポットとアイランです。

料理3品は、いずれもクセがなくシンプルな味付けでした。

アジアというより、欧州の味付けに近いです。

 

馬肉がのったカザフスタン式の炊き込みご飯

カザフスタンに限らず、中央アジアで一般的な炊き込みご飯のプロフ。店のメニューによれば、この店のプロフは牛肉を使っているそう。そのプロフの上にさらに馬肉ををのせるカザフスタン式だそうです。

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馬肉はおそらくQAZI (KAZY)と呼ばれるソーセージで、味に強い癖はなく、塩味が効いていました。

この店のプロフのバリエーションとして、馬肉をのせる以外にも、牛タンをのせるバージョンもありました。

プロフは、日本のウズベキスタン料理店やウイグル料理店でも食べることが出来ますが、カザフスタンの馬肉入りは、大変珍しい。

中央アジア通の日本人から聞いた話では、タシケントのようなウズベキスタンカザフスタン国境に近い地域では、このような馬肉入りのプロフがあるそうです。

また、日本在住のカザフスタン人から聞いた話では、カザフ人は中央アジアの民族の中でも、特に遊牧民的性格が強く、肉を多く食べ、そのライフスタイルは、モンゴル人に近いそうです。

 

マンティーとショルバ

大型の蒸し餃子といった感じのマンティ。

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小麦粉で作った皮の中に、牛挽肉とタマネギの具が入っています。ヨーグルト・ソースをつけて食べるのが中央アジア・ロシア的ですね。

特にクセもなくシンプルな味で、驚きはありませんが見た目通りの美味しい料理でした。

明らかに中国料理の影響が見られ、シルクロードによって様々な文化が混じり合ったことがよくわかります。

僕は未食ですが、パキスタン北部やアフガニスタンにも同様の料理があるそうです。

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ショルパ、人参、ジャガイモ、玉ねぎ、牛肉などを煮込んだシンプルなスープ。

ショルパとかショルバという言葉は、やはりパキスタンアフガニスタンのスープ状の料理に用いられます。こういった食文化の共通点や違う部分を見つけていくことも、旅の食事の楽しみの1つです。

 

ロケーションや雰囲気がとにかくユニーク

カンポットは、ベリーや果物をシロップで煮て作る飲み物とのこと。

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美しい外見です。甘さ控えめで爽やかな飲み物でした。

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店のショーケースの中には、ロシアやカザフスタンのスイーツが売られていました。今回は満腹のため泣く泣く断念しました。

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店内にはカザフスタンの民族衣装や楽器などが飾られ、現地で採れた蜂蜜などが販売されていて、興味がどんどん膨らむ空間。

 

お店のスタッフは、もちろん英語を話しますが、店内ではロシア語で会話している人が多かったです。

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店内ではロシア語、店の外のビル内ではアラビア語、ビルの外は、熱帯のマレーシアという、大変ユニークな環境も、謎めいた雰囲気に浸れて、とても楽しめた食事になりました。

ここは、ぜひ再訪したいお店で、次回は、カザフスタンの最も代表的な高級料理であるべシュバルマクやカザフスタンのスウィーツもぜひ食べてみたいです。

 

この記事は、新型コロナ・ウイルスのパンデミックが始まる少し前、2020年1月と2018年のレポートです。マレーシアの外食産業は、コロナ禍によって大変なダメージを受けました。現在のこれらのお店の営業状況など詳しい状況は把握できていません。ご了承ください。

 

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ASTANA RESTAURANT

住所:A.01.10 Endah Promenade, Jalan 3/149E, Sri Petaling, Kuala Lumpur

営業:12:00~ 24:00

 

マレーシアの卸売市場のミャンマー・バングラデシュコロニー Part2

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とにかく自分の見たものを撮影しようと思った

僕は市場の敷地に戻りました。

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この市場で働いている人は、国籍や民族の判断がつかない人の方が圧倒的に多かったです。

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誰がロヒンギャなのかさっぱり判らないので、僕は勘を頼りに写真を撮ることにしました。

マレーシアは外国人移民・労働者が非常に多い国なのですが、合法・非合法入り混じっていて、いろんな訳ありの人たちも多いのです。

彼らに、初対面で色々込み入ったプライベートな話を聞き出すのは、難しいし、危険を伴うこともあります。

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僕は目についたものをどんどん撮っていこうと思いました。

あえて言えば「インド人のような外見で、インド人ぽくない服装の人たちでムスリム」という感じの人たちを中心にしました。

 

旅や外国人たちとのコミュニケーションに慣れてくれば、顔立ち・外見・着ている服などからある程度は出身国や民族を推測することはできます。

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顔にタナカという自然のローションを塗っているのは、ミャンマー人と考えて間違いないでしょう。この市場にいるミャンマー人は、タイ・ミャンマー国境や東京で見たミャンマー人の顔立ちとは違う人が多かったです。

 

市場の労働者の生活空間へ入り込む

市場に隣接した地域では、市場で働く労働者たちの生活空間になっています。

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金属製の柵を利用して、インディアン・サーモン(サケ科の魚ではない)の干物が作られています。これは、バングラデシュミャンマー両方に見られる食べ物のようで、どちらの国の人が作っているのか判断がつきません。

そのうち、ちょっとした騒ぎが起こりました。数人の男たちが、一人の男性を捕まえて、力ずくで車の中へ押し込めています。拉致といっていいかもしれません。

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僕は、急いで騒ぎの現場の正面へ行き、目立たぬように写真を撮り、その場を立ち去りました。捕らえられた男性の顔は苦痛で歪んでいました。

周りでこの様子を見ていた人たちは「ポリス、ポリス」と言っていましたが、全員が私服なので、なんとも判断がつきませんでした。

この市場は、あまり治安の良い場所ではなく、過去に殺人事件なども起きていることから、少し恐怖を感じました。

 

ミャンマーの店で食べた不思議な朝食

気持ちを少し落ち着けてからは、周辺をめぐり主に市場労働者向けの店を撮影しました。

ミャンマーの店が多かった印象があります。

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衣服を扱う店。ロンジー(ルンギ)が売られています。右半分の柄が入ったものは女性向け。心なしかビルマ族の好む柄とは違うような気がします。

左のやや薄いブルーのチェック柄の薄い布地のもの。そして中央の暗い色の布地の厚いタイプは、ミャンマー人男性が身につけているタイプです。

 

歩き回ってお腹が空いたので、一軒の飲食店に入りました。

お茶とお菓子や軽食を出している店で、お店にいる人間はほぼ全員がミャンマー人のようです。

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ミャンマーのミルクティーをまず頼んで、並んでいる料理の中から、見たことがないものを注文してみました。

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ココナッツがのっている外見から、甘い味を想像していましたが、スウィーツではありませんでした。

軽い塩味のもち米のような食感でした。

鶏の親子が歩き回る店内で、のんびりと朝食を楽しみました。

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前の席で食事をしていたミャンマー人。ご飯に魚の揚げ物とひよこ豆のおかずがのったものを食べています。東京で見るミャンマー料理とは、また別のミャンマー料理に見えます。

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別のミャンマー人が着ていたのは、栃木県の那珂川の鮎釣り大会のポロシャツ。

一体、どういう経緯で、マレーシアのミャンマー人の元へたどり着いたのでしょうか?

 

ラカイン族の料理だった

僕が食べたこの料理については、名前さえ分からず謎のままだったのですが、つい最近、旅行作家の下川裕治さんの記事で、この料理のことが紹介されていました。

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「カウタマン 」という名前の料理だそう。

下川さんは、バングラデシュのコックスバザールという街で、この料理を朝食に食べていたそうです。

バングラデシュミャンマーの国境地帯に居住する少数民族ラカイン族(アラカン族)」の料理だと紹介されていました。

 

かなりマニアックな料理だということがわかりました。

ラカイン族は、ロヒンギャとほぼ同じ地域に居住している仏教徒の民族です。

カウタマン という料理があるということは、マレーシアのこの市場にも、ラカイン族がいるということなのでしょうか?

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マレーシアの外国人労働者が多い場所は、コロナ感染の特に酷い状況が続いています。訪れるには、まだリスクが高すぎますが、いつか再訪してもう少しこの場所について知りたいと思っています。

 

この場所を訪れてから、マレーシア在住のロヒンギャの方と遭遇するまで、実に8年という年月がすぎていました。その時の話はまた別のエピソードで。

 

 

マレーシアの市場でゴミ野菜を拾って売るミャンマーの少数民族の噂 マレーシアのミャンマー・バングラデシュコロニー Part1

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市場でゴミ野菜を売るミャンマー少数民族の噂

以前、僕は奇妙な噂を聞きました。

それは

「マレーシアの卸売市場で、ミャンマー少数民族ロヒンギャ」の人たちがたくさん働いている。彼らの中には、市場で廃棄されている野菜を拾っては、市場の前で売っている」

というものでした。

僕は、その市場がどんな場所で、何が起きているのか確かめたくなって、2009年とその翌年の10年、マレーシアに飛んで、現地へ向かってみました。

 

ロヒンギャミャンマー西部に住むムスリムで、様々な迫害を受けている」

そんな簡単な情報は、以前ニュースを通じて知っていましたが、彼らがどんな外見をしていて、どんな暮らしをしているのか全く知りませんでした。

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僕が向かった卸売市場は、市の中心部か北へ向かった郊外にあります。東京で言えば(豊洲に移転した)築地の卸売市場のような感じですが、規模で言えば、マレーシアの市場の方が随分大きいように感じました。

こういった市場の常として、夜中にオープンして昼過ぎには営業が終わり閑散としてしまうので、現地へは早朝向かいました。

 

外国人労働者のカオス

市場の労働は、力仕事で大量の物量を短時間で処理しなくていけない、大変な仕事です。そのため、マレーシアでは主として外国人労働者が働いています。

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この市場は、特にひっきりなしにトラックがやってきて、コンテナから荷を降ろし、運んでいます。買い手も大勢訪れ、常に物や人が動き回っているせわしない場所でした。

 

おまけに働いている外国人たちは、多種多様。

外国人労働者の多いクアラルンプール首都圏の中でも、とりわけ外国人率の多い場所でした。

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働いている人たちの外見から、バングラデシュ人とミャンマー人が主流らしいというところまでは、わかるのですが、その民族や素性までは、とてもじゃないですが、この短時間の訪問で尋ねたり、知ったりすることは不可能でした。

 

野菜ゴミを拾い市場場外で売る人たち

結論から先に書くと、僕が耳にした噂は本当でした。

「ゴミの中から食べられそうな野菜を拾っている」「市場の周辺で極端に小規模な野菜売りをしている」

ただ、それがロヒンギャの人たちかどうかは、判りません。

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市場の敷地内には大量のゴミが溢れています。皆忙しいので、細かいことは気にせずに、実に雑に廃棄をしています。

そのゴミの中を、数人の人たちが、歩き回り、傷みの少ない野菜を拾い集めていました。

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唐辛子を拾っている男性は、肌の色が濃く、インド人のような外見。

 

市場の入り口付近に移動すると、やはり肌の色の濃い人たちが、路上で野菜を売っている姿が目に入りました。

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売り手の女性は、発泡スチロールの空き箱に座り、野菜は、たった3つのプラスチックのカゴに入れられている極小規模のビジネスです。

数人のお客が品定めをしています。

売り手とお客の両方とも、インド人っぽい外見ですが、女性は、着ている服がなんだかインド人のそれとは違います。

今まで見たことがないような外見の人たちでした。

僕はこの時、「彼らがロヒンギャの人たちなのか」確かめることがどうしても出来ませんでした。売っている野菜を買って話しかけてみよかと一瞬思いましたが、その野菜の出所を想像すると、どうしても出来ません。

ゴミ野菜を拾ったり売ったりしている人たちの境遇が、あまりにもヘビーに感じたので、話しかけるのを躊躇してしまいました。

この場所では、中途半端な距離から、彼らにカメラを向けてシャッターを押すことだけが、僕に出来た全てでした。

 

僕は気を取り直して、市場の敷地に戻り、勘を頼りに写真を撮ることにしました。

カメラを向けたのは「インド人のような外見で、インド人ぽくない服装の人たちでムスリム

もちろんそういう人たちが、ロヒンギャかどうかは分かりません。

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顔にタナカという自然のローションを塗っているのは、ミャンマー人と考えて間違いなさそうです。

この市場にいるミャンマー人の多くは、タイ・ミャンマー国境や東京で見たミャンマー人の顔立ちとは違う人が多かったです。

 

PART2に続きます

 

クアラルンプールのアラブ人街探訪 PART3 ブキッ・ジャリル周辺のアラブエリア

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以前からアラブ人をよく見かけた地域

クアラルンプールの中心部、ブキッ・ビンタンがアラブ人の多い地域であるとは、以前のブログ記事で書きました。この街には、その他にもアラブ人の多い地域があります。

ブキッ・ビンタンは、賑やかな観光地という側面もありますが、今回紹介するアラブ人街は、もっとローカルな場所にあります。

 

アラブ人地区があるのは、LRTと呼ばれる市内鉄道の1つ、スリ・ペタリン線のブキッ・ジャリル駅(駅ナンバー「SP17」)周辺です。

この駅の近くにはナショナルスタジアムのブキッ・ジャリル競技場があり、スポーツ複合施設になっています。

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以前から、駅近くのオープンエアーカフェの中に、アラブ料理を提供する店があって、僕はたまに訪れていました。

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(上の写真4枚は、ブキット・ジャリルのアラブカフェ。2008年頃)

シンプルな料理が多いですが、ブキッ・ビンタンの店と違って値段も手頃です。フンムスやピタ・ブレッド・サラダに紅茶など気軽に軽食を楽しめました。この店では、出稼ぎパキスタン人が働いていました。

 

アラブ人が集うシーシャ・カフェが多く入るビルがあった

2020年にクアラルンプールを訪れた時、もう少し周辺を調べてみました。

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ブキット・ジャリル駅からほど近い場所に「エンダー・プロメナーデ」というビルがあります。上層階はコンドミニアムとして使われていますが、1・2階部分は店舗が入っています。

その店舗の多くが、アラブ人向けのカフェ。特にシーシャを吸いながらリラックスできる店がいくつも入っています。

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外の東南アジア的な雰囲気とは違うアラブな空間。

少しガラーンとした空間にテーブル席や大きめのソファーが並べられていて、アラブ人の若者たちが、のんびりとシーシャを吸いながら談笑しています。

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辺りには、甘いシーシャの香りが漂っていて、独特の雰囲気。

 

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この中の1軒のシーシャカフェで働く男性は、なんとパレスチナ人の若者でした。とてもフレンドリーな方で、しばし世間話しを楽しみました。

ここは本当に興味深い場所なので、次回の訪問では、このカフェの1軒で、シーシャを吸いながらゆっくりと過ごしてみたいです。もう少しこの場所のアラブ人コミュニティーについて、調査して掘り下げてみたいです。

 

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実は、このビルに来たのは、別の目的がありました。アラブ人エリアを発見したのは、その時の偶然の産物です。本来の目的だった話は、また別の機会に書きたいと思います。

 

この記事は、新型コロナ・ウイルスのパンデミックが始まる少し前、2020年1月のレポートです。マレーシアの外食産業は、コロナ禍によって大変なダメージを受けました。現在のこれらのお店の営業状況など詳しい状況は把握できていません。ご了承ください。